6/28/2014

BBCラジオ放送

私はテレビに出たことは昔、札幌テレビにちょっと映ったことがあっただけだ。
ラジオは小学校の4年の時に作文の朗読で出たことがあった。
その時のことはよく覚えている。
 
自分が何の作文を書いたかは全く忘れてしまったけれど、小学校の用務員室の畳の部屋で読んだのを覚えている。三鷹市立第六小学校だった。
わたしは正座して原稿用紙を広げて、向かい側に放送局のおじさんがヘッドフォンんをして録音機を操作していた。マイクはスタンドについていたと思う。
一回しか読まなかったように思う。他にも生徒がいたと思うのだけど全く覚えていない。
その放送があった日に母親が「聴いたわよ」と言っていた。放送は確か朝早い時間だった。
でも学校に行くと先生が「作文の放送はありませんでした」と言われた。
何故だろうと思った。
家に帰ってそれを母に言うと、「誰かが文句を言ったんだわね。読まれなかった子がいたからね」
と言っていた。たぶんそれで学校は無かったことにしてしまったのだと思う。
 
ずっと世界中の人とバーチャルコラボの演奏をYouTubeにアップしている。
それでいたずらメールが時々来る。曰く「プロデューサーを紹介する」とか「うちのサイトに登録すれば有名になれる」とか。そういうのは全部無視していた。
ある日イギリスのSimonという人からメールが来て、BBCで放送されるからMicheleと歌った歌の高音質のファイルを送って欲しい。ということだった。
 
私はいたずらメールだと思って、2度来たメールを無視していた。そしたらMicheleさんからメールが来て、「あなたSimonに返事出したの?」と言ってきた。
それではじめてあれはマジだったとわかった。
それで音を送った次の週にSimonからメールが来て、放送されたと伝えてきた。
土曜日にイギリスBBCのローカルで流れた。それを録音しておいてくれた。
 

後にも先にも外国の放送で自分の声が流れるのはこれが最初で最後だろう。

6/26/2014

Switzsport SIERRE の2 海を見ていた午後

松任谷由実だか荒井由実だかの歌に「海を見ていた午後」という歌がある。彼女のアルバムは1枚だけ持っていて、それは札幌で暮らしていた頃に買ったアルバムで当時良く聴いていた。
その頃は良く小樽に行っていたので、その歌を聴くと小樽の坂と港を思い出す。

山手の「ドルフィン」というお店は行ったことが無かった。横浜に30年近く住んでいるが今まで行く機会が無かった。それで自転車で行ってみようと思った。
前に港までは走ったので、今回は途中まで地下鉄で行く事にした。
バッグを買ってあったので、自転車をたたんでかばんに入れ担いで地下鉄に乗った。幸い平日だったので車内は比較的空いていた。先頭車両の一番前のスペースに乗ったので他の人の邪魔にもならなかったと思う。

関内で地下鉄を降り、出た所で組み立てた。10分もかからなかった。
入れてきたカバンをリュックに入れたのだが、考えてみるとまた同じ駅に戻るなら他のものと一緒に駅のロッカーに入れて置けばよかった。


関内駅から海に向かって走った。
海まではすぐだ。大桟橋に寄ってみた。ボードウォークの手前に駐輪場がある。それを知らずにボードウォークを走ってしまいスピーカーで注意されてしまった。

 
何かお店があったら簡単に何か食べようと思って下に降りたがレストランが1軒あっただけでファーストフードのようなお店は無かった。この日は港がきれいに見えた。

 
 
そこからう海沿いを走り、本牧からぐるっと丘陵を回って根岸駅を目指した。そこまではほとんど起伏の無い平坦な道だった。根岸駅から根岸台に登る道はとても自転車をこいで登れなかったので降りて押して歩いた。カーブを曲がるとすぐに右手に「ドルフィン」の看板が見えた。
 

 
この写真の右側の道を向こうから上ってきたことになる。
もう2時を過ぎていて何も食べていなかったので何か食事をすることにした。
お店の中は自転車で走ってきたラフな格好にはちょっと合わないかな、と思われるような感じだったけれど、気にせずに入った。
食事をして気がついたのだけれど、このお店は前に来たことがあるように思った。いつだっかはわからないけれどこの景色には見覚えがあった。
 
さすがにソーダ水は頼まなかったけれど、3時丁度に「海を見ていた午後」がお店に流れた。丁度その日の午後にはぴったりだった。

6/02/2014

量子論と現実

どうも気になっているのはNHKで放送された一連の超常現象についての番組だ。
その中の「乱数発生器が人間の思考によって乱される」という内容のものだ。

その乱数発生器は量子論的な光子の挙動でビット立つカかどうかを決めているらしい。
そのタイプの乱数発生器はネットでも売られている。
番組ではその乱数の値が世界の大事件によって乱れたことがあると言う実験結果を
報告している。また大規模なイベント(burning-man)でその値が乱れたという結果も
報告していた。

しかし根本的な問題として、その原理の乱数発生機が何らかの影響を受けて
乱数の値に問題が起きるとしたら、それは純粋な乱数発生機ではないだろう、
ということもできるのでは、と思ってしまう。

その乱数発生機の原理を利用してシュレーディンガの猫をシミュレーションする
ようなものは作れないだろうか。
あるいは念力を検知するような装置はできないだろうか。
もしもNHKの放送内容が事実であればそれも可能だろうなと思う。

恐らくその乱数発生器は1ビットのビット列の次のビットが立つかどうかを光子が
検知されるか否かで決めているのだと思うが、1とゼロだけ出るサイコロを振って
いるようなものだろう。 神はさいころを振らない、と言った人がいるが、乱数発生器
の中では神がサイコロを振っているのだろう。

昔、仲間と徹夜で麻雀をしたりブリッジをよくやった。
その時に思ったのは、宴もたけなわになってくると、次に出る手を決めることが
できるように感じたことだ。
覚えていることでも、2つのサイコロを3人順番に振って、3人とも6・6の目を
「出ろ」と言って振って、出したことがある。
3人とも6・6の目が出た。 それ以降は絶対にそういう目は出なかった。

麻雀やブリッジ、ポーカーなどでも出て欲しい手を念じると出ることが多い、
と感じた。 たぶんそれはゲームが終盤になって、実際にその手が残りの山の中に
残っていた確率が高かったということもあるだろう。

世の中には巨視的量子現象と言うものもあるらしいので、乱数発生器に
それを観察する人の意思が影響するというこもあるかもしれない。
・・・・と思うと、世の中が少し面白くなる。